☆クリックすると大きくなります 花壇や植え込み付近に、こぼれ種から育った日日草が咲いています。折からの雨に濡れ、とてもかわいらしく、見つけて得をした気分になりました。季語は夏ですが、乾燥にも日光にも強く初夏から晩秋まで次々に咲くそうです。百日草、千日草というのもあるようです。左は終わりかけたポーチュラカの中から、右はサツキの根元から顔を出しました。〈文責:校長〉撮影9月30日 丘々の低いふるさとの夏の世の流行唄なる 一碧楼 大正時代前半の流行歌といえば、ゴンドラの唄(大正4年)と宵待草 (大正6年)が双璧であろう。ゴンドラの唄は、昭和の人間にとっては、黒澤明監督の最高傑作「生きる」の雪の公園でのシーンが連想される。志村喬の後世に残る演技。私も、夜の公園のブランコに一人乗り、「いのち短し 恋せよ乙女 朱き唇 褪せぬ間に…」と歌ったことがある。宵待草(よいまちぐさ)は、郷土岡山の誇る画家・詩人である竹久夢二が作詞している。「待てど 暮らせど こぬひとを 宵待草の やるせなさ こよいは月も 出ぬそうな」という詩と曲が一世を風靡した。舞台は千葉県銚子の犬吠埼。太平洋を望む名勝で、夢二の美人画から抜け出たような乙女に恋するも叶わぬ恋であった。 空の白 栄ゆる少女が袂(たもと) 一碧楼 白栄ゆる海のかくれ巌のかくれた 一碧楼 白が日日草の白とかさなるではないか。それも、袂が濡れている。 宵待草てふ待宵草や月見草 玉 ※「てふ」とは「という」の意 「ヨイマチグサ」は「マツヨイグサ」の異称で「待宵草」が正しい。そして「月見草」といわれるものの中には「マツヨイグサ」が誤称されているものがあるらしい。太宰治の『富嶽百景』中の月見草は待宵草であるとされる。 話を「夢二」に戻す。この夏、群馬県伊香保温泉にある「竹久夢二伊香保記念館」を訪ねた。岡山県人としては、なぜ伊香保なのか?という気持ちであったが、見学後は、「負けた!」という気が強かった。夢二の、伊香保温泉を含めた榛名山への思いは尋常ではない。彼は、最後の地としても故郷岡山ではなく榛名山を選択している。(終焉の地は長野県の療養所)