真っ青な冬の空を飛ぶ羽黒神社の“烏天狗(カラスてんぐ)”です。この鬼瓦の烏天狗は、鶴と亀に乗った供を従えています。乗っているのは誰でしょうか?天狗でも修験者でもないようですが?どなたか教えていただけたら幸いです。ともかく、すばらしい。じっくり見ていただきたい。〈文責:校長〉撮影12月6日 ※全ての画像がクリックで拡大します
岡山県神社庁のHPより羽黒神社の由緒を紹介します。『羽黒山は、往古瀬戸内の海上に浮ぶ小さな島(阿弥陀島)であったが、万治元年(1658)備中松山(高梁)の城主、水谷(みずのや)伊勢守勝隆公が玉島地方の干拓を行うのに際し、水谷家累世の氏神、出羽国(でわのくに…山形県)羽黒山の出羽神社(現在の三山神社)の神霊をこの地に勧請(かんじょう)して、当地開墾の成就(じょうじゅ)を祈願し、氏神として、また土地の守護神として社殿を建立した。…中略…羽黒神社は玉島発祥の基地といえます。』 ※勧請(かんじょう)…神仏の分霊を他の地に移して祭ること なぜ羽黒神社は玉島発祥の基地なのでしょうか。それは、松山藩が、新倉敷駅付近の長尾から、阿弥陀島(羽黒神社)まで、長大な堤防を築き干拓を行ったからです。そして、羽黒神社から、柏島に向けて造った堤防の上に、新町という問屋街を築き、それが玉島港の繁栄につながったからです。その後、役目を終えた長大な堤防は、高瀬通しとして利用されました。羽黒神社は、内海に造られた、干拓の橋頭堡(きょうとうほ…拠点・足場)だったのです。そして、羽黒神社の参道下が、高瀬通しと玉島往来の、始発点であり終着点となったのです。 民の戸をまもるや世々の羽黒山かげしく海のふかきちかひに 澄月
澄月は玉島出身で、徳川中期に平安和歌四天王の1人と称された大歌人である。 (引用…岡山県神社庁HPより) 市街冬の日市街一角の空青く 一碧楼 冬の日の海あすこに黒い洲があらはれる 一碧楼 鞍馬の山で牛若丸に剣術を教えたとされるカラス天狗。山伏姿で自在に空を飛び神通力を持つ。玉島の羽黒神社に住まわれるカラス天狗さまは、堤防の内側に、大地が現れることを予告され、実行し、見守ってこられた。これからも、ずっと。